漂流記顛末。 ~抄~

もう一つのブログでupしたものを
こちらでもupします。

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 母校からのその封書の中身を確認したのは、ちょうどライブの前日だった。
内容としては、今年度開催された母校での学会の報告と、このブログでもたまに出てこられた
(私が勝手に引用したりしていた)N先生が亡くなられたという訃報が記載されていた。

 N先生は、間違いなく今生きている人達のなかで、最も江戸時代を知る方であったろうということは
断言できるし、
 N先生が世界に与える損失は、スーパーコンピューター10台分以上であろうと私は思う。

 私達の代の学年はN先生の最後の授業を受けた学部生でもあり、その当時のことが
懐かしく思い出されたりもした。

 近世(江戸)の授業(演習)は、大抵一つの文献(テキスト)から3~4丁
(丁というのは今でいうところの見開き2ページ分)を各担当者に振り分けて、その箇所について
「解釈」する、という、一見「ただそれだけ」のような授業である。

 しかし、この「解釈」というのがいかに難しいか。
言葉をひとつとっても、それがまず江戸時代にどのような形で認識されている言葉だったのか
その言葉のふるまいを見ながら、果たしてその言葉を使うことによって、その文章を書いた人間が
どのように考えてその言葉を使ったのか、それがまずいかに難しいかということを認識することから
私達の勉強ははじまった。
 そして、言葉とは何なのか、それを定義づけることがどれほど難しいのか、それは江戸時代でなくても
今、現在目の前にいる人が使う言葉でさえも、その言葉の意味とはいったい何なのかを考えはじめると
その定義づけがいかに難しいのか、ということもわかるようになる。

 演習の準備で、皆遅くまで研究室に残ってやっていた。

授業とは、わかりやすく、江戸の○○はこうこうで、と説明されるものではなかった。
何もわからないまま、江戸時代に放り込まれた。
言葉も、見るものも、聞くものも初めての世界に放りこまれた私たちは、当たり前だがどうしたらいいのか
わからず途方に暮れるが、なんとか手探りで周囲の状況を伺い始める。
そして、少しずつ江戸の世界を知り、少しずつ江戸の世界を歩けるようになるのである。


ある言葉がどのように江戸時代に認識されていたか、まず、その言葉が出てくる江戸時代の文献を探すことから
始まる。だが、まずこれが困難だ。奈良時代の文献がないなら、「文献がありませんでした」と言い訳も
できるが、江戸時代の文献は意外とたくさんあって、その言い訳は通用しない。が、その手に取ることのできる
無数の文献にも自分が探している言葉が出てこないこともある。必死に探しても見つからないこともある。
そういう言葉がたくさんあると、「解釈」など到底できない。焦りが出てくる。
果たして、自分は無事演習を完遂することができるのだろうか。常にその不安を抱えながらの作業は続く。

「わかりませんでした」とか「その文献が見つからなかったので」と言えば済むことかもしれなかった。
でも、誰もそれをやらなかった。まず、たとえ、その言葉を見つけることができたとしても、「解釈」できるとは
限らない。間違った「解釈」をしたとき、N先生は「そんなわけない」とあっさりと、しかし心の底から
馬鹿にしたように言われるため(←笑)、今まで特に「国語」において怒られることなど、もちろん馬鹿にされる
ことなどなかった人間達にとって、それ以上の苦痛はなかった。しかも、私たちの出来が悪いと、
「この間演習を担当した学部生がこんな間違いをしていたが、どうなっているんだ?」と院生の先輩にまで
迷惑がかかってしまうため、それは避けたい。皆朝から晩まで日本語に振り回され続けた。
演習日まで辿り付けず、結局遁走する人もいた。自分の当番の日を遅らせ続ける人もいた。

 江戸時代の戯作者達の文章は、一見、何も問題のないような文章に見えても、ひそかにいろんな意味が込められている
ことが多かった。それはまるでいくつもの落とし穴のようで大変危険だった。特にやつらは、
エロネタ、下ネタが大好きで、隙あらば容赦なくそれらをひそかに滑らせてくるのだ。

 研究室で深夜まで半分泣きながら四十八手を調べ続けていたある女子は、最後の方で「体位ごときが多すぎるんだよ!!」
と見たこともない姿で逆切れしていた。ともすれば、またある女子は、高齢のおじいさんがかかったらしい性病について
調べ続け、うんざりした表情でほとんど正体がないくらいに消えかけていた。
今、思い出すと笑えて懐かしい思い出だが、当時は必死だった。みんな、19歳とか20歳くらいだった。
今の年齢で、当時と同じような状態で一から始めろと言われても、きっと無理だろうと思う。

 なかなか文献が見つからない言葉があるとき、その場にいる全員で一致団結して調べたこともあった。
(みんな自分の担当箇所の準備をするのは嫌だが、気分転換に人の準備を手伝うのは好き。(笑))
それでも見つからずに、演習当日仕方なくその子は「見つかりませんでした」と言った。(これは全員の総意だったのだが。)
しかし、N先生はこともなげに「○○あたりに載ってるでしょ?」と平然と言い放った。
調べてみると、確かにあった。私たちは悔しいを通り越して、脱力した。
いつも、そんな感じだった。敵わない超巨大なモンスターに常に果敢に挑んでいた。

でも、そいういうことができたのも大学の学部生の間だけだったし、その時間がいかに貴重な時間であったかを
知るのは、さらにずいぶん経ってからということになる。


大学院に進学した私は、学会や休日に研究室に訪れた時などに、たまにN先生をお見掛けすることがあった。
院での専攻が違うので、学部生だった私の顔など覚えていないだろうと思っていたが、案外覚えていらっしゃって
挨拶すると、気さくに話をしてくださったが、N先生の頭の中ではなぜだか私は図書館に勤務していることになっており、
いつもその箇所は「違います」と訂正していた。(笑)
研究に対する態度は厳しいが、普段はとてもきさくな方だった。

N先生のような先生は近年ほとんど見かけなくなった。
大学自体が著しく変貌し、大学そのものが大きく変わったからだ。

私達のような学問をする人間も、ほぼ絶滅状態になっていきつつあった。
私が大学を出ることにしたことの理由のひとつもそれであった。

私達の専門とするのはいわゆる歴史(正史)ではない。
その時代に生きた人達の書いた文学や、詩や歌、遊びや衣服、また、それらを通して
その時代に生きた人達が考えていたこと、何が好きで、何が嫌いだったかとか、どんな風に生きていたか
生きたいと思ったのか、について、文献という文字に書かれたメディアによって知ろうとする学問である。

でも、そういうことをする人間はいらないと言われる時代になっていった。

N先生の訃報を知り、また大きくひとつの時代が終わろうとしているのを感じた。


N先生が、よくおっしゃっていたことに、過去の文献とはタイム・マシーンであるという言葉がある。
それを掌にのせると、その時代に行くことができる。
そして、そういう昔からの形のあるものが残っていて、それを実際に触れることができるというのが
重要なポイントである、ということをおっしゃっていた。
そして、このタイム・マシーンは一人用なのだということも、強調されていた。


そんなタイム・マシーンの乗り方を私達は曲がりなりにも学んだ。

そして、いろんなものを持ち帰っては、眺めて、いろんなことを空想した。


持ち帰ったものは、ささやかで、社会という枠組みの中では、あまり役にたたないものばかり
だったかもしれない。

けれど、それは、人間という生き物の大切な一部分であったと私は思うのだ。

この時代まで、そいういうことを日がな学ぶ人間達がいたことを、私はここに少しだけ
書き残したいと思う。


下記は、N先生が一般の方向けに書かれた著書より、引用している。



         *        *        *


十一、春画の見方

 先年、どういうわけか「日本性教育協会」というところから公演を頼まれた。
演題は、「江戸文化と性」。それも学習院大学でのいうので、なんとなく取り合わせの妙がある。それに
ちょうど紀子さんブームに沸いていたころだったので、あるいはジョギング姿に出くわすやも、というわけ
でもないが、ともかく引き受けてみた。
 結果は、およそ場所柄にはふさわしからぬ、けしからぬ内容で、聴衆に多大の感銘を与えたということに
しておこう。
 ともあれ、内容についての思案の途中、ふと気づいたことがあり、だんだんと、これは今までだれもいい
及ばなかった未曾有の発見なのではないかとひとり頷くものがあった。もったいない気もするが、ここに
ご披露する。

 浮世絵の春画はなにゆえにあれを大きく描くのか。

 この問いに納得のいく説明を、これまで私は聞いたことがない。まさにアポリアである。


 誇張表現によって観る人の興味を集中させるためとか、女性の羨望感をそそるためとかいわれることもあるが、
画面の一点のみに鑑賞者の興味を集中させるのは、絵師としてはむしろ不得策であろうし、虚心に考えて、
羨望するよりは恐怖感の方が大きくはないか。嫁入り前の性教育の一端として見れば、これは間違いなく
恐怖の対象でしかあり得ない。したり顔に、あれには細やかな表情までが描き込まれているとか、
より猥雑の度合いを高めるとかいう人もあるが、あれの表情とはどんなものなのか。やたら大きいのを見て、
アドレナリンの分泌度を高める女性というのは、いかなる感受性の持ち主なのか、私には想像もつかぬ。

 再問する。なにゆえに大きくなければならないのか。


   (略)

 それは笑いのためであると、私は確信する。江戸人にとって春画は笑いの対象であり、笑いながら見るもの
だった。西鶴に「大笑い」の描写があり、春画を「笑い絵」と称するのが江戸の人々である。ならば、
春画には必ずや笑える部分がなければならぬ。そこであれだけ大きければ、これは間違いなく笑える。ここに
江戸人の性に対する考え方の根本がある。それは忌むべきものでもなく、なにか特別なものでもあり得ない。
いわば、誰もが通る道なのである。あまり息をつめて対応するよりも、おおいに笑って暖かく迎えようではないか、
というのがごく平均的な江戸人の感覚であったろう。

 
                        *




江戸はなぜおもしろいか―「あとがき」

 これまでに縷々の江戸の文物についての拙い評判を綴ってみたが、最後に、私にとって、なぜ江戸が
おもしろいかを述べさせていただいて、終わりにしたいと思う。
 近代から見てもっとも近い過去が江戸である。だから、日本の近代は、否応なしに江戸との関わりにおいて
成立した。明治期は江戸を否定すること、なんとか江戸的なものから抜け出すことで近代を打ち立てようとした。
大正期、ようやく近代を確保した安堵感からか、若干の反省と余裕をもって江戸を眺める態度が生まれた。
郷愁の江戸という趣もあった。昭和期、江戸を過去の一時代として見ることができるようになり、
学問の対象としても把えられるようになって、江戸の再評価の機運も生じた。戦後、社会の体制の上からも
完全に江戸を離れるとともに、江戸を前近代と把えて、江戸のなかに近代の萌芽を認め、今に通じる江戸を
つまみ上げて評価するという姿勢に変わった。

 そして、昨今の江戸ブームである。実に多くの人によって江戸が論じられたが、その基調となったのは
要するに「私の江戸」であり、江戸の中に、現代の自分の感覚がかなう江戸を見つけてうち興じるという態度であった。
つまり江戸のなかの近代的な部分がおもしろがられたのであり、橋本治風にいえば「江戸って、近代ジャン」
というようなことだったのだ。『元禄御畳奉行の日記』がベストセラーになったことからも明らかなように、
多くの読者の反応は、この本から読みとることのできる元禄人の生活が、いかに現代と似かよっているかという
面において敏感であり、現代サラリーマンとぴったり重なりあう元禄武士の生活を発見することによって、
なにかしら安堵感を感じているらしいのである。つまり、テレビにおける「必殺仕事人、中村主水」像の再生
といえばよかろう。
 そこで不思議に思うのだが、江戸の中に近代の目を見つけたり、似かよった部分に打ち興じたりすることが、
本当にそれほどおもしろいことなのか。今につながっていたり、今と同じようなものならば、なにもそう無理をして
過去に探し求める必要はないのではないか。それならば、今の方がよっぽどおもしろいし、それなりに成熟した
姿で存在しているにちがいないことなのに。
 すでに巻頭巻ノ一に述べたことだが、それをあえてここに再説することを許されたい。私にとって、江戸は
近代とちがうからこそおもしろいのであり、近代はすでに失われてしまった豊饒さをもつがゆえにおもしろい
のである。あえていえば、それはもう二度と引き返せない、どうしても取り返しのつかない世界であるだけに
おもしろいのである。
 文化の様態には、進化論は適用できないことを思い知るべきだろう。ある一つの社会体制のなかで、
一つの文化が生まれ、育ち、成熟し、そして死ぬ。体制が変われば、そこでまた一つの文化の生から死が
繰り返される。
 今には今の文化を成熟させる責任があり、江戸には江戸の文化を成熟させることに働いた江戸の先人がいた。
江戸文化の果実は今とは全く異なる味わいに成熟しているからこそおもしろいのであり、その果実を心ゆくまで
味わうことができれば、というのが私の楽しみなのである。それもまた一つのの「私の江戸」だろうといわれれば
「まことにそのとおりです」というほかはない。ただちょっと顔の向きを違えているだけなのです。

                                 (中野三敏 著 『江戸文化評判記』より)


          *           *          *



あたりが暗くなった。

今までの雰囲気が一変して
静かな気配が漂う。

夜のしじまのような光景の中に
青いライトが照らされた。


それとは別に
赤いライトが、ぽつぽつと灯っている。

まるで
深い海の底のようであった。

暗い海の底に沈んだ
小さな部屋に

赤いライトが灯っている。


青いライトの吊るされた天井が
低く移動する。

海の底に接するかの位置まで
低く

低く。


圧迫感を感じる。

胸がどきどきとしてきた。


そうか
ここは
心の底だ。


心の奥の
奥の
暗い底の部分だ。


そう気づいたとき

聴き覚えのあるピアノの音が
流れ始めた。


静かで
ある意味荘厳な。


ピアノの音は
心臓が早鐘を打つ音のように
急いていた。

繰り返され
呼吸がもどかしくなるような
切迫さを感じる。


それは
その音楽は
「ヒビスクス」だった。



               *           *


上昇気流に乗り
ぐんぐんと飛行速度を上げた。


頬にあたる風が冷たい。


目的の場所までは
もうすぐだった。


この間も
仲間がやられた。


そのモンスターは
これまでに
何人もの犠牲者を出したらしい。


この間の犠牲者は
僕の友人だった。

瀕死の重傷を負った彼が
そういうことになったのは
ぼくの不注意が原因かもしれないと

責任を感じていた。


だから
こうして
僕はそのモンスターを退治すべく
モンスターの住む島を目指して
進んでいる。


たしか
このあたりだったはずだ。


ふと
彼女の顔を思い出す。


彼女の笑顔が
僕を勇気づけた。

彼女の笑顔は
白い花が咲いた時のような
印象を僕に与える。


モンスターを退治したら
彼女を迎えに行こう。

そうして
僕は
急降下した。


モンスターは
手ごわいかもしれない。

僕は
多少の不安を感じた。


着地したとき
妙な違和感を感じた。


地面が
ぐにゃりとしたような
気がしたのだ。

あたりに漂う雰囲気も
いつもの世界とはちがうような空気を
肌に感じる。




「どうしたの?こんなところで」


聴き覚えのある声がした。


道の傍らに
彼女が不思議そうに立って
こちらを見ていた。


「なんで?」

ぼくのほうこそ驚いた。



彼女は
赤い花を髪にさしていた。

なんとなく
いつもと様子が違うようにも
感じた。


髪飾りの赤い花が

ぽとりと

地面に落ちた。


空が
急に暗くなる。

しかし
空が急に翳ったわけでは
なかった。


何者かの
大きな黒い影が

日の光を
遮ったのだった。


見上げると、


そこには
大きな大蛇が
いた。

彼女は

その姿、形を
変えていた。


僕の目の前で

真っ赤な口を開けて

舌ををちょろちょろと
出している。


その口で
今にも人を呑み込みそうだ。


僕は
信じられない事実を
目の当たりにして

一瞬
どうしたらいいか

わからなくなった。


僕は
腰に刺した剣に手をかけた。




                *          *



私が「みなと」を聴いたのは
空の上だった。


福岡から東京への便だったか。

海鳥の
鳴き声のように

心に残った。


昔、
spitzの音楽を
一人で聴いていた時期があった。


社会という枠組みから
取り残されて、

一人で
気ままに音楽を聴いていた時期だ。


そのときも
spitzの音楽を聴いたのは
それが初めてというわけではなかった。


マサムネさんというひとは
どいういう人なんだろう

と思いながら
聴いていた。


でも、
マサムネさんという人の存在は

spitzの音楽と同じように

物語よりも
遠い世界のことのように
感じていた。


遠い世界のことだからこそ

私はそこに
少しだけの居場所を
見つけることが
できていたのだ。




私が
「みなと」を聴いたとき、

その海鳥は
形をともなって

私のすぐそばを
飛んでいた。


昔、
物語より遠い世界のことのように
聴いていたときとは

少し違っていた。


今、目の前を
ゆっくりと
啼いて渡った。


だから、
私は
海鳥に挨拶をした。


それから少し経って

あるとき

私は
その海鳥のことを思い出した。


海鳥の行方が
気になったのは

どうしてか
そのときは
わからなかった。


それまでに

私は
spitzに触れる機会が
いくつかあったが、

そのときの
心の積み重なりを
自覚していなかった。


海鳥を探したら

そこに
「ガラクタ」があった。


最初は
驚いた。


それまで
マサムネさんという人の印象は

「優等生」

だった。


素敵な音楽を作り、

それが
たくさんの人に受け入れられていた。

やさしげな面持ちで

たくさんの人から
愛される人なんだろうな


普通に
思っていた。


明るいだけではなく

人の心の痛みもわかる人なんだろうな
ということも

曲を聴いたら
わかる。


インタビューも
読んだことがあった。

適度に毒を持ち、
批判精神もあって

非の打ちどころのない人なんだろうな
って思っていた。



そのマサムネさんが作った
「ガラクタ」という曲を

本当にマサムネさんが
作って
歌っているのか

確かめたかった。


マサムネさんが
そいういう曲を
作ることもあるかもしれない。

でも、
こんな「やり方」を
する人なのか

それを確かめるために

私は
シングル「みなと」と
そのカップリング曲の「ガラクタ」を
買った。



そのとき
本当にマサムネさんが
それを歌っている
ということを知って


いろんな気持ちが
心に沸き上がった。


でも
その中のひとつの気持ちも
私は
ちゃんと自覚できては
いなかった。


それは

マサムネさんという人を
知りたい

という気持ちだった。


たぶん、

私だけが
その気持ちに
気づいていなかった。


「ガラクタ」を
見つけた
直感はあっても、

それ以外のことには
超鈍感だったのだ。

だから
いろんなことは
私の鈍感さに
起因している。


でも、


やっと
わかったことは


「ガラクタ」があったから

「みなと」の想いは
より
現実的に

目の前のものとして

私に感じられる。


マサムネさんを

遠い世界の人ではなくて

同じ現実世界にいる人として

感じることが
できるように
なったのだ。



私がそれまでに抱いていた
印象も

もちろんマサムネさんという人の
印象に
間違いはないとう思う。

だけど

マサムネさんは
それだけじゃなかった。


それを
「ガラクタ」に感じたから

私は
マサムネさんという人に

惹きつけられたのだと思う。



今は

そう思う。



だから、

そのときから

本当の何かが
始まっていた。


私は
そのことに
気づいていなかった。



でも

それが
今につながっているから

私は
それでよかった
と思う。


よかったというのは
自分勝手で
酷い言い方かもしれないけれど。


どんなことになろうとも

私は

こうやって
マサムネさんに
逢えたことが

本当に幸せなことだと

思っています。


そして
マサムネさんは

私にとって

とても大切な存在です。




             *            *


僕は
剣を抜かなかった。


大きな大蛇に
そっと触れた。


すると、
大きな大蛇の姿は
消え失せ

そこには
小さな
白い蛇がいた。


どう見ても
人を食べるような
代物ではない。


それでも
白い蛇は

頭を持ち上げて
こちらを睨みつけながら
威嚇している。


僕が
手を出そうとしたので

蛇は僕の指に噛みついた。


ぎりり
と歯が指に食い込む。


それでも
僕は
手を引っ込めずに

蛇の首元を
しっかりとつかんだ。



と、

それは

彼女の白い手首だった。


白い蛇は
彼女の姿に
変わっていた。


僕は
つかんだ手を離さずに

彼女の体を
地面に押し付ける。



あたりは
いつの間にか
夜になっていた。


地面のあちこちに生えた草に
夜露が落ちて
しっとりと
しめっている。

彼女は
ちょっと抵抗したようだが

抵抗をやめて
僕の目を見た。

僕も彼女の目を
見ていた。


「わたしを 殺す?」


彼女は聞いた。


僕はその問いには答えずに

僕の一部を
彼女に与えた。


彼女は
小さな悲鳴に似た喘ぎ声を
少し上げて

そのあと
ゆっくり
深呼吸するような

吐息をした。



僕が
彼女の体
いっぱいに広がっていく。


彼女は
手を僕の肩に回して
抱きしめた。


すると彼女の指先が
空中に霧散して

消え始めた。



僕の体も

ほどけるように

形がなくなってゆく。


僕と彼女は

混ざりあって


僕は彼女と
ひとつになった。




それだけではなかった。


暗く照らす月の光の粒や

星の小さな光の粒

そして
水面のきらめきから
立ち昇る粒や

草木の緑の粒から

そのとき凪いでいた風の粒まで


いろんな小さな粒子が

僕達と
まざりあった。


そうして
僕たちは
生まれ変わったのだ。


そこにあった
世界と一緒に

僕たちは

新しい命になった。



その夜のことで

僕が覚えているのは

そこまでだった。




         *          *



朝、目が覚めると

彼女がいつもと変わらない姿で
そこいた。

「おはよう」
と彼女は
言った。


今日は
彼女のほうが
早起きだったらしく

彼女は

僕が起きるまで
眠っている僕を見つめていたようだ。



僕は
彼女に聞いた。

「昨日の夜、あれからどうなったんだっけ?」


「あれから?
 あ。私、約束か何かしてた?」


彼女は思い出すようなそぶりをしたが

「何かあったっけ?
 今日は目覚まし時計はないし。。。。」


思い出せないというような表情をしながら言った。


目覚まし時計というのは

たまに
彼女がセットした目覚まし時計が

3時過ぎに鳴り出したりして
僕はびっくりして目がさめることがあるのを

言っているらしい。


間違った時間を設定してしまった

そういうとき
彼女は決まって言うが、

そんな間違いって
あるだろうか。


たぶん、それは
彼女の計画性のなさに
起因している。


そういうとき
僕は
軽く殺意を覚える。


今日は、真夜中にたたき起こされることは
なかったようだ。


冬の朝は
ひんやりとして
肌寒い。


僕は彼女の体を
ぎゅっと抱きしめた。


見たところ
彼女はそれまでの彼女と

変わってないようだった。


彼女の中の
蛇は死んだのか


どうなのか。


今のところ
それは謎である。

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2020年01月14日非公開。
2020年01月18日再公開。
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