OK NOT OK the COMPUTER.

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鳥になって

鳥になって

僕を連れて行って

       (スピッツ「鳥になって」)


   *    *    *

こんばんは☆彡



今日は朝から

「鳥になって」が

頭の中で
ずっと流れてました。

若い頃のマサムネさんね。


ちょっとだけ
ごつごつした手で

ぎゅって抱きしめてくれるみたいに。

だから、

私も口ずさんでた。


今日も頑張ろう。



というわけで、本日は昨日からの続きで
Thom Yorke 『ANIMA』の布石のもうひとつ、

『OK computer』とのつながりについて
考えたいと思います。

昨日の「Burn The Witch」からの流れでいうと
(昨日は飛ばしましたが)
「Burn The Wich」のアナログ盤が発売されるという
ロッキンの記事を前々回のブログで引用してましたが、
それがこちら。↓

レディオヘッドの新曲“Burn The Witch”がアナログ盤でリリース決定
https://rockinon.com/news/detail/142721
2016.05.07 12:36


5月3日(現地時間)に突如公開されたレディオヘッドの新曲“Burn The Witch”が、アナログ盤の7インチでリリースされることが決定した。

リリース元の「Bull Moose Vinyl」によると発売日は5月17日、Bサイドには “Spectre”が収録されるという。

“Spectre”はレディオヘッドが『007 スペクター』の主題歌候補として書き下ろすも、未採用となったナンバーで、バンドは昨年同音源をウェブ公開していた。

現在、「Bull Moose Vinyl」のサイトでは7インチの予約がスタートしている。

詳細はこちらから。
http://www.bullmoose.com/p/22633826/radiohead-burn-the-witch-b-w-spectre-indie-exclusive

"Burn The Witch"のミュージック・ヴィデオはこちら。
(以上)


ここで、「Bサイドには “Spectre”(『007 スペクター』が収録される」)とのことで
この音源について、前回も挙げたNMEの記事でもう少し詳細が書かれているため、
そちらも引用。↓

https://nme-jp.com/reviews/19177/
先日、レディオヘッドがソーシャル・メディアから一時的にいなくなり、彼らのファンは出来る限りの力を寄せ集め、9作目のアルバムについて騒ぎ立てたが、それらを振り返ってみると、新曲“Burn The Witch”が2003年のアルバム『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』に由来していることに、あなたは気が付くだろう。その歌詞の一部は、そのアルバムのブックレットの角に書かれていたのだ。

この13年前とのリンクは曲のタイトルから明らかだ。それは『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』に収録された“2+2=5”と“Myxomatosis”と同じく、ジョージ・オーウェルの影を感じるもので、その間の十数年で、このオックスフォード出身のバンドは旋律的にだいぶ変化している。2003年頃のレディオヘッドの比較的ダーティなサウンドとは異なり、“Burn The Witch”で売りのみずみずしい演奏法はこの曲を“Spectre”に近い物にしている。“Spectre”は、レディオヘッドが2015年のクリスマスにゲリラ的に発表した、採用されなかったジェームズ・ボンド映画『007 スペクター』のテーマ曲だ。

“Spectre”の音源はこちらから。
(SPECTOR 音源)
“Spectre”は、圧倒的で、オーケストレーションによる楽曲だったが、“Burn The Witch”は…。
(以下略、以上。)

YoutubeRadiohead Official Channelにある
動画を貼っておきます。

Spectre (←調べたところ英語版?とのこと)
https://www.youtube.com/watch?v=CLiDemXYSLc

Spectre


ここで、007『スペクター』は、どういう映画だったかと言うと、そもそも「スペクター」というものが
ボンドの初代ショーンコネリー時代からそうであるのだが、世界中を監視しながら悪を企てる集団である。
(spectという語感も“見る”という意味を含むと思われる。)

 2015年作『スペクター』においては、その悪の集団スペクターとボンドが直接対決をする映画であり、
特に主題として過度に情報化した社会というものが挙げられる。
スペクターはこの情報化された社会を影で牛耳り、監視と情報操作、その結果自分たちに都合の良い暴利を得る
世界規模で暗躍する巨大犯罪シンジケートとして現れる。世界会議で9か国の情報網を統合するという提案の賛否投票が
開始されるという時代背景の中、ボンドの所属する組織00部門は「時代遅れ」と評されており、またしても廃止の危機に
瀕している。ボンドはとりわけに00部門おいても危険分子とみなされ、同じ国内の機関でありながら、
スペクターの一味である機関より盗聴・監視などが行われ思うように動くことさえできない状況である。

これが、映画『スペクター』における物語の背景である。

現代のように、すべてのものがIT化されひとつの巨大な情報の集積として取り扱われる社会の行き着く先の
ひとつと言えるのではないだろうか。
その社会においては、その情報を統治し、操作する者達にとってのみ有利な社会が形づくられることはもちろんのこと、
その中で少数の“異なる情報を持つ”者達は隔離され、秘匿され、あるいは闇に葬られることになるのである。

そのような物語の中だけであった社会の姿が、現在の社会においてはまさに目の前のものになりつつある。

RadioheadのSpectreはそのような映画『スペクター』のために作られた楽曲である。
壮大なオーケストラをバックに、しかしながらThomは、あくまでも、“一人の個人的な想い”を歌っている。



I'm lost,I'm a ghost

Dispossesed,taken host


僕は迷子、僕は幽霊。

宿主を奪われた。

      *

The only truth that I could see

is when you put your lips to me

僕がわかるたったひとつのこと

それは、君が僕の唇に触れたこと




これは、もちろん、映画におけるボンドの社会での立ち位置と自分の立場を鑑みながらも
愛した一人の女性への想いをなぞらえているが、それは、社会から切り離された一人の人間の、
たった一つの大切な想いでもある。

社会における生きづらさは、Radioheadの歌の中核として多くの曲に現れるが、『OK computer』は、現代の高度な電子化・一般化された社会における疎外感や孤独、やるせなさ・恐怖・不安等に満ちた特異的な個人の想いに満ちた曲が多く存在しているように想う。

例えば、「Paranoid Android」は実際にアメリカでのバーでのThomの個人的な体験をもとに
描かれているらしいが、自分は「Paranoid(偏執者)」なのか、それとも「 Android(アンドロイド)」なのか
というような社会における一般的な「人」との明らかな差別的な意識を持って
自分を見ている。「When I am king(もし自分が王様だったら)」、
「Yuppie(比較的裕福なミドルクラス全般を指す言葉と言われる)」でさえ、
一番の銃殺刑の対象である。
MVでは、社会的な立場の人間でさえ裏では反社会的と言っていい
悪魔のような振る舞いをしている。一方で、「僕」は「天に一番近い場所」で
一人でうずくまっており、そこに天使が表れて「空の飛び方」を教えてくれるのだ。
最終的には、「彼ら」は自分の行為で手足を切断し、海に投げ込まれて死亡するが、
「僕」はそれが終わったころに「地上」に戻ってきて、また普段の生活をする。
ここで面白いのは、「僕」はその出来事を過去か未来の出来事のように感じていて、
それをバスルームで“目を洗う”ことによって思い出しているのである。

Paranoid Android MV

https://youtu.be/fHiGbolFFGw
Radiohead - Paranoid Android


このように、一人の人間の社会に対する違和感が、
これでもかと盛り込まれている。

以下、『OK computer』に収録されている曲について個人的な直感で要約してみた。
(和訳として、自分と感覚が似ている感じのサイトさんの和訳も添付していますので、ご参照までに。)

「Airbag」
https://lyriclist.mrshll129.com/radiohead-airbag/
ジャガンナート神に生まれ変わり世界を救う歌(自動車事故に遭うがエアバッグで助かる話)

「Subterranean Homesick Alien
https://lyriclist.mrshll129.com/radiohead-subterranean-homesick-alien/
空にやってくるエイリアンを恋しがる地下に住むエイリアンの僕

「Exit music」
https://blog.goo.ne.jp/djkp_alan/e/20c9263d3415a093d632a9937f0e5074
君が息苦しくなって一緒に逃げ出すのを待っている僕(ロミオとジュリエット

「Let Down」
https://lyriclist.mrshll129.com/radiohead-let-down/
いつか空から落ちてくる輸送機の憂鬱
※NMEとロッキンに記事があります。
2016年https://nme-jp.com/news/23747/
2017年https://rockinon.com/news/detail/163397


「KARMA POLICE」
https://ameblo.jp/mitsu7716/entry-10440953488.html
臨機応変型空想警察がいろんな犯人をとりしまる歌(もしかして僕も)

「Fitter Happier」
http://blog.livedoor.jp/mijinco212/archives/20414601.html
現代幸せ協会選定 しあわせ100条

「Electioneering」
https://ameblo.jp/x9uognkb/entry-11078901524.html
君の生活を後退させる僕に清き一票を

「No surprises」
→後日和訳予定
※先日の記事で動画を貼った曲。
後日、別記事で考えてみたい(和訳もしてみたい)ので
そのときにまた書きます。

「Climbing Up The Walls」
http://blog.livedoor.jp/mijinco212/archives/19711973.html
僕の中の僕(とある家庭内殺人者の話)

「Lucky」
http://omisoaji.com/Radiohead+-+%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%98%E3%83%83%E3%83%89/%E3%80%90%E6%AD%8C%E8%A9%9E%E5%92%8C%E8%A8%B3%E3%80%91Lucky+/+Radiohead+-+%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC+/+%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%98%E3%83%83%E3%83%89.html
僕と君の取引条件

「The Tourist」 
http://radioheads.seesaa.net/article/371316931.html
 僕は時間案内人(僕にしか見えない光)


「Airbag」や「Let Down」は機械文明への是非とも言えるが、自動車の存在そのもののが、
まるで、社会における人の考え方のメジャー・マイナーを区別する典型のようにも思えるので
そのことのメタファーのようなものと捉えたい。

例えば、現在交通事故で死亡する人間が年間かなりの数に上ることは知られている
(一応そういうことになっている)が、その実際の死亡数を合計したらおそらく
ひとつの町で戦時中に亡くなった人の数を上回るのではないかと思う。

しかしながら、戦争をなくそうとは言っても、自動車をなくそう(例えば輸送業務を行っている会社等のみ使用できるが、一般の人たちは自転車や交通機関を利用すればよい)、
という動きには決してならない。
それだけの犠牲者を払ってまでも、自動車というものは「便利である」という概念が
当たり前になっているからである。
(そして、この考えを支えているのは資本主義的な思考である。)

この「当たり前」の概念の形成という側面から見て、とてもよく似ているのが、
前述の「戦争」への動きや、昨今のIT化を含めた「情報統制」なのである。

そして、『OK computer』において、このような「当たり前」の概念への変化を
一番体感したのが、Radiohead自身だったのではないかと、私は思う。

それは、彼らが音楽を作るする上で、音をそのまま形ではなく、すべて加工することによって
作り上げた最初の作品だったからである。
その結果、彼らは、彼ら自身を「中身から」変えることになり、そしてそれは
まさしく彼ら自身を大きくさせる飛躍の一歩だったのである。
そこに恐らく、葛藤などもあったのかもしれない。

例えば、それは、私が書物という形のあるものの大切さ、人との交わり方で、
デジタルという形ではなくて、本当は生身の実感を求めているのに対して、
ここで、こうやってブログを書くという行為で、何かしらのつながりを保てている、
あるいは、デジタル社会の一加担者として身を置いているという気持ちに似ているのでは
ないかと勝手に思ったりしている。

音楽をやる上で、それが生身の音なのか、デジタル化されたものなのか
ということは、音楽をやる人たちにとってはとても大きな問題のようで
いつも、何かと議論になってきたようでもあるし、
実際に音楽を作っている人たちの言葉の中に、立場はそれぞれで
そこに対するこだわりのようなものをいつも感じている。
それは、ジャンルに限らず、ひとつの大きなの境界のようにも思える。

つまり、このデジタル化というものは、いろいろな分野でまさに岐路の一つとして認識されており、
そのことをThomは恐らく『OK computer』を制作した時点から、
自分の感じているこの概念の変化あるいは改革といってもよいくらいの感覚が、
自分一人のものではなく、社会全体として広がり、
そして、それを受け入れることに伴う、結果あるいは選択を迫られる時代がやってくると
気づいていたのではないだろうか。

だからこそ、折々に触れて、Thomは『OK computer』に回帰し、社会にこの問題を
投げかけていたのではないかと思う。

単なるデジタル化というだけではなく、それは、社会の在り方を問い、そして、
最終的には、人間という存在そのものの在り方を問うものとなることを知っていたのではないか。

そのように考えてみると、「Burn The Witch」の最初のアクション(ファンへの手紙)として
『OK computer』の「Climbing Up The Walls」の中の一節が引用されているのも納得できること
である。

再度、前回・前々回の記事で引用した当時の宮嵜さんのブログを掲出しておく。

レディオヘッド、英国のファンに謎の手紙を送る?
https://rockinon.com/blog/miyazaki/142401
2016.04.30 22:07
宮嵜広司の「明るい洋楽」

レディオヘッドがファンに向けて、謎めいたリーフレットを送った模様だ。

英国のファンの元に送られてきたそのリーフレットには、レディオヘッドを表すマークとともに、
Sing a song of sixpence that goes/Burn the Witch/We know where you live
と印字されていたという。

ファンがTwitterに投稿したその現物はこちらから。
https://twitter.com/NiallMDoherty/status/726330673104052225

なお、「Burn The Witch」とは、過去にバンドが制作していた曲のタイトルだとか。
(以上)



その後、前回の記事で書いたように、
『A Moon Shaped Pool』のリリース前後
(もしかしたら、「Burn The Witch」のリリース前)に、
『OK Computer』にまつわる謎の画像が公開されている。

レディオヘッド、謎の映像を公開。『OK Computer』20周年を祝う序曲の始まりか
https://rockinon.com/blog/miyazaki/159884
https://www.youtube.com/watch?v=XX4EpkR-Sp4
2017.05.02 00:00
レディオヘッドがさきほど謎の映像を公式ツイッターに投稿した。

https://twitter.com/radiohead/status/859044764389453829

その映像は、古のコンピューター画面を思わせるグラフィックに「Program:radiohead」の文字が表示され、エフェクトのかけられた音声が、1997年にリリースされた『OK Computer』収録「Climbing Up The Walls」のリリックの一節を読み上げているというもの。

「Climbing Up The Walls」はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=_v2rehPAf5Y

『OK Computer』にまつわる動きとしては、先日、世界各地の街頭に、20周年を匂わせるポスターが掲出されるという出来事があった。

『OK Computer』は、1997年、イギリスでは6月16日、アメリカでは7月1日にリリースされ、全英1位、全米では21位を記録した。

※ちなみに、謎の映像に引用されている歌詞部分は以下あたり。
ところどころ言葉は変えられているが、全体的に同じような意味。

I am the key to the lock in your house (←houseがadrssに変えられてる?)
That keeps your toys in the basement
And if you get too far inside
(こっから別の言葉) 
途中で21時頃に来てね、みたいに言ってる様に聞こえる。
So lock the kids up safe tonight
Shut the eyes in the cupboard
(ここも別の言葉)
That either way he turns(←either wayがAnywayに変えられている。)
I'll be there
Open up your skull
I'll be there
Climbing up the walls

(以上)
YoutubeRadiohead Official Channelより


Climbing Up the Walls


さて、
「Climbing Up The Walls」は、Thomが精神病院でアルバイトをしていたときの経験を
もとにしている歌だそうである。
私は“僕の中の僕(とある家庭内殺人者の話)”というような解釈をつけたが、
あくまでもこれは表面的なものである。(であるが、後述するが本質的なものとも言える。)
「Paranoid Android」に似ていると思うが、この「Climbing Up The Walls」という曲が、
本質的には一体何を表すのかが、最初はわからず、とても難しかった。

というのも、とても抽象的な概念を表しているような気がしたからである。
「Climbing Up The Walls」というのは、「壁を超える」ということである。


精神病患者が病院の塀を乗り越えることと、それが自分とどう関わってくるのか。

歌詞は、こんな感じだ。
(以下、上記の邦訳サイトさんより引用させていただきました。)



I am the key to the lock in your house
ボクは鍵だよ 君の家を守ってる
That keeps your toys in the basement
あのおもちゃを隠してる 地下室の錠だって

And if you get too far inside
君があまりにも奥の方へ逃げるとさ
You'll only see my reflection
ボクの影しか見えなくなるよ

It's always best with the covers up
いつだってそう ボクを隠したほうがいい
I am the pick in the ice
ボクはアイスピック
Do not cry out or hit the alarm
泣きわめくなよ 警報に触れるな
You know we're friends 'til we die
だってボクたち死ぬまで友達だろ?

[Chorus]

And either way you turn
どっちの道を選ぼうが
I'll be there
ボクはそこいるよ
Open up your skull
 君の頭蓋骨をこじ開けに行くから

I'll be there
ボクはそこにいるよ
Climbing up the walls
 狂わせてやるから

[Verse 2]

It's always best when the light is off
いつだって 真っ暗がいいだろ?
It's always better on the outside
屋外ならもっといいさ

Fifteen blows to the back of your head
15回君の頭蓋骨を叩き割る
Fifteen blows to your mind
15回精神的苦痛を味あわせてやる

So lock the kids up safe tonight
今夜は子どもたちを匿っておいたら?
Shut the eyes in the cupboard
君は静かに食器棚で寝ておきな

I've got the smell of a local man
ここに住む男の匂いがするのさ
Who's got the loneliest feeling
孤独な男だよ


[Chorus]

That either way he turns
どっちの道を選ぼうが
I'll be there
ボクはいる
Open up your skull
君の頭蓋骨を割るために

I'll be there
いるよ?


Climbing up the walls

Climbing up the walls

Climbing up the walls
狂いそう...

(以上、引用)


精神病者のことを描いている、と言って終わりにしてもいいかもしれないが、
前述のようにそれだけではないと思う。

自分の中のもう一人の自分が出てくる歌なのである。

それは、すなわち、今まで述べて来たセオリーでこれを社会に置き換えてみると、
今まで背後に隠れてきたものが、表に出てくる、
つまり、
今まで社会的にはマイナーだったものが、メジャーになり替わる
ということである。

そして、私は、これを『OK computer』というアルバムのセオリー通りに
社会的に現実のもの存在する「モノ」に置き換えると何になるか・・・・ということを
考えたとき、
やっと、わかったのである。

そのことに気づいたとき、私は戦慄で背筋がぞくぞくとした。



これは、インターネットの世界である。


houseはインターネット上のアドレス
keyはおそらく、ログインパスワードに相当するものだろう。

your toys in the basementというのは
おそらく個人情報などである。


『OK computer』は1997年リリース(レコーディングは1996年)だが、
家庭用コンピューターが各家庭に世界的に普及し、多くの人が
インターネットをはじめたのは、
windows95の発売あたりからだったと記憶している。
そしてそれよりさらに加速して、一つの家庭に少なくとも1台はPCがあるレベルに
爆発的に普及するのはwindows98が発売以降である。

そして、現在、スマートフォンが普及し、1人1人が
端末を持ち歩き、インターネットを
いつでも、どこでも利用できる状況になった。
(そこには、ジョブズという存在があった。)

私たちは、今、世界的に一つの岐路に直面していることは
間違いない。

世界を完全にデジタル化するか、どうかの。


そして、Thomはそのことに、1997年の時点で気づいていた。

まさに、預言者だったのである。

だから、ようやく私たちが、Thomの考えに追いついた、と言ってよい。


ここで、「Burn The Witch」の後に、同じような謎の経緯を辿って出された
「Daydreaming」という曲に注目してみたい。

YoutubeRadiohead Official Channelより

https://youtu.be/TTAU7lLDZYU?list=OLAK5uy_l1vVev88V56XX61im75q8VaXUjaImZ0nA

Radiohead - Daydreaming


このMVは、Thomがたくさんの家を素通りしていく。

これまで述べてきたことを理解していただくと
すぐにわかると思うが、
「彼」は、インターネット上を行き来しているのである。

扉から扉へ
まさに、ドラえもんの四次元ドアを通るように
その扉の先には、世界中のいろいろな場所があった。

いろんな人がいた。

そして、誰一人「彼」に気づかないのである。

どなたか、最初の通路が「死者の道」のようだと指摘していて
このMVが生死の世界をさまよう姿だと解釈している方がいた。
(すみません。メモし忘れました。)

それも、ひとつの考え方だと思う。

「彼」は自分のことを「幽霊」みたいだと
言っていたのだから。

今まで、マイナーだったものがメジャーになる。
もう一つの存在が、今までの存在となり替わる。

そのことを「彼」は知っていた。

ずっと前から。

そして、自分はそのことに一役買っていたのである。

誰もいない、
「その場所」に辿り着き

それでも「彼」はまだ
一人だったのである。

最後の言葉は、
巻き戻し再生で

とある言葉を言っている。


それが、おそらく
最終的な結論
すなわち「未来」なのかもしれない。


どういう行先に辿り着くのか

私たちは、その選択を目の前にしていることは
間違いない。


「壁を上ったその先」
「扉の向こう側」

そして、
「内側の世界から、外側の世界へ」

これは、
現実の世界が入れ替わると言ってもよい。

想像が、現実になる。


夢が、現実になる。

だからこそ、
「Daydreaming」なのである。


それが一体どんなことであるのか、

そのことをThomは『ANIMA』で歌っている。

その歌を通して、この世界に何かを投げかけている。


と、私は思うのです。



*****************




やっと、『ANIMA』の前まで来ました。

次回は、『ANIMA』を聴く前に、の最終章を書きたいと
思っています。

でも、次は、少し先に書くかもしれません。

AIのことを先に書くかどうか迷っているので。。。。

ひとまず、このあたりで
『OK computer』のお話でした。




本当はもう少し書きたいことがたくさんあるけど、
それは、またの機会にすることにします。

(Thomと「日本」との関係とか
  No Surprises / Running From Demonsを
 なぜ日本で出したのか、
 日本の観客についてどう考えているかなど)

『ANIMA』を聴く前の最終章で書くかもしれません。。。

そんな感じですが。。。
途中、寝落ちしかけてやばかった(笑


ではでは、おやすみなさい☆彡

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