りんごのたね。

こんばんは(*・ェ・*)ノ~

今日は
昨日言っていた「Rolling Stone」(2011年12月)に
載せられていた記事について
書きたいと思いまする。

何の記事かというと
STEVE JOBSについての追悼記事です。
(Jeff Goodellさんという方の記事のtranslateですぬ。)

ティーブですよ
ティーブ。

映画等等でもいろいろ語られてはいますが、
今回改めてわかったこともあり、

これまでのいくつかの記事とも
イムリーに関連するので
備忘録としても書いておきたいと
思いまつ。


ひとつめは
ティーブの幼少期から青年期の略歴。

「この世界でキミたちが理解できないことは何?」
という質問に
「僕に理解できないのは、どうして僕の家が
 すごく貧しくなったのかということです」
と答えるほどに
お金に困るような暮らしをしていた少年時代。

けれども、
ティーブの生きたまさにその時代、その地域では
“誰もが自分のガレージで何か作ろうとした”
ということと、
その中にあって、スティーブは
「(ヒースキットという通信販売キットでテレビや
  ステレオを自作することにより)
  おかげで完成した製品の中がどうなっているのか、
  どのような仕組みで動くのかがわかった。
  だがそれ以上に重要だったのは、
  この世界で自分が目にするものは、
  何でも自分で作ることができるんだ、という感覚を
  与えてくれたこと。
  テレビを見て
 『これはまだ作ったことがないけど、作れるぞ』
  と考えられる。
  それはとてつもない自信を与えてくれたよ。」
という考え方を手にする。

一方、青年期についてスティーブは
以下のように語る。

「当時の私たちは、生きる意味を与えてくれるような
豊かな経験を求めていた。
ただ単にいい生活がしたい、というんじゃなくてね。
人々はそういうものを探していたんだ。
あの時代が素晴らしかったのは、
50年代後半から60年代初頭の物質主義よりも大切なものが
人生には間違いなくある、と人々が理解したことだ。
私たちはもっと深い何かを求めていたんだよ。」

ティーブは
精神世界の扉を開き、
インドへの巡礼に参加する。

“ヒマラヤでトレッキングし、ジャガイモ畑の中にある
 コンクリート製のワンルームの小屋で一ヶ月を過ごした。
 この放浪の期間に彼は激しい貧困や人々の苦しみを目にして
 圧倒され、ある洞察に打たれた。
 彼の中で精神的なものから実用的なものへの、微妙ではあるが
 重要なシフトが行われたのだ。

トーマス・エジソンは、カール・マルクスやネーム・カロリ・ババ(スティーブが大学でその教えを知り会うためにインドへ行くきっかけとなった導師)よりも世界を改善するためにずっと多くのことをしたのではないか」
と。

その後、
よく知られているように
アップル社の設立、マッキントッシュの開発に始まり、
アップル社からの追放後の、NEXT社の設立
アップル社への復帰、そして後年のiMaciPod、iPoneへと
つながっていくわけだが、

初代マッキントッシュの開発時代に
「なぜ君のような理想主義者が、利益優先の企業を始めようと
 しているんだ?」との問いかけに
次のように答えている。

「60年代に人々が拳を振り上げて
 “Power to the People(権力を人々に)”と言っていたのを
 覚えているかい?
 つまり、僕がこれからやろうとしているのはそれなんだ。
 誰でも買うことのできるパーソナル・コンピューターを作り、
 誰もが机に1台持てるようにすることで、僕は人々に権力を
 与えようとしているんだ。
 もう大型コンピューターを持った専門家のところに行って、
 教えを乞う必要はなくなり、
 自分たちで情報にアクセスできるようになるんだよ。
 山の頂から火を盗むことができる。
 そしてこれは、
 どんなNPOよりも大きな変化を引き起こせるんだ。」


ここでU2のボノの言葉
「フォルムと音、そして曲線的な外見に対する(ジョブズの)
 こだわりは重役会議で生まれたものじゃない。
 あれは、西海岸的な“くそったれ”精神から生まれたのさ。
 アナーキズム無政府主義)というか、
 とにかく彼は利益を生み出すだけの醜いものなど
 創りたくなかった。
 心の底では消費者が正しいとは信じていなかった。
 彼はいつだって自分が正しいと信じていた。
 そして消費者は、彼の新しい“美”のヴィジョンを
 尊敬したというわけだ。」

 
という、ね。

なるほどね、
と。

スティーブ・ジョブズの創造性の源は
ここにあったのか、と。

マッキントッシュ誕生時の
ティーブの考え方の基準というものを
改めて知って
すごく感銘を受けたというか。

上述の言葉は、あくまでも初代マッキントッシュ開発時代の
言葉なんだそうですけれども、

その後、アップル社から追放になった
NEXT社時代も、
ティーブは“完璧なマシン”を作ろうとしたが
上手くいかなかった。

それから、スティーブがアップル社へ復帰する
礎となったのが“ピクサー”だったことも
今回初めて知りました。

ピクサーね。

なるほどね、
みたいな。

NEXT社時代に、ジョージ・ルーカスの3D部門に魅了され
わずか500万ドルで買い取って独立させたのは
まさにスティーブだったのだと。

なんというか、先見の明ですよね
と。

ご存知、ピクサーはこの後、ディズニーとの契約を結び
トイ・ストーリー」が制作されるわけですけれども、
この映画の公開から1週間後にスティーブは
11億ドル相当の株を持つ株主になります。

それで、そのとき没落しかけていたアップル社に
(売れなかったけれど素晴らしいマシンである)NEXTの
ソフトウェアを4億で買い取らせ、
アップルのOSとするように同意させ、アップル社の復活を図る
わけです。

で、
先に書いたとおり、iMaciPod、iPone
って感じですね。

私が思うに、やっぱり、スティーブが少し変わったのは
NEXT時代を経てアップル社に復帰して、
iMacよりあとかなと思います。

Macは昔、互換性がないことで知られていて
だからWindowsほど汎用性がなくて
使いづらい、みたいなのが当時の多くの人の感想で
でもデザイン系の人とかは
Macがやっぱりいいよねみたいに言っていたと
思うんです。

iMacまでは、マッキントッシュのOSのクローンを禁止していて
でも、Macでもマイクロソフトのソフトウェアが使えるようには
なったので、使いやすくなったのと、
iMacはあの“スケルトン”なデザインで一時とてもブームに
なったように記憶しているんですが、

iPodのときに、音楽ファイルの対応ファイル形式が
MP3だったことでも、ちょっとスティーブの完璧主義も
やわらいだのかなという印象を受けました。

iPodとほぼ同時にリリースされたのがiTunesなわけですが、
そのときのインタビューでの記事が下記。

iTunesジョブズの見るところでは、
 ナップスターのようなツールで
 ユーザーが音楽を盗むのを防ぐ方法だという――――
 世界最大の音楽ショップを開くことで、
 あらゆる曲をユーザーは指先ひとつで買うことができるように
 なるからだ。

 私はボブ・ディラン(スティーブはボブ・ディランを敬愛して
 いた)について尋ねてみた。
 その音楽がジョブズにとってどんな意味を持つのかを。

 「彼は非常にシンプルに物事を考える人であり、詩人だ。
  初期の作品はとてもわかりやすいが、
  成熟してからの作品は、
  ある程度の解釈が必要になってくる。
  だが、もしそれを理解できれば、
  その歌が何を言おうとしているのかがわかる。」

 ジョブズは若い頃、ウォズニアックと一緒に
 ディランのレコードを違法コピーしていたと語った。”

( このあと、
  テクノロジーについての突っ込んだ質問を
  したところ、ジョブズはオフレコにしてくれと言って、
  結局その質問には答えなかったようであるが
  その続き。↓)

 “やがて会話はなんとなく、ビル・ゲイツのことになった。

  「私はビルが好きだよ、だが、ときどき思うんだ―――――
   ビル、何で自分の手の中を通りすぎるすべてのドルから
   1ドルずつ取ろうとするんだい?
   なぜすべてを所有しなきゃいけないんだ?
   例えば、99セント儲けて残りの1セントを他の人に
   あげるわけにはいかないんだい?とね」”


結構これって、今の音楽ダウンロードとか著作権がどうのこうのとか
そういう問題のひとつの考え方を示しているな
と私は思うのです。

というか、iTunesそのものが、“あらゆる曲をユーザーは
 指先ひとつで買うことができる”という構想がメインであった
と、iTunes開発に最も主たる位置で関わったスティーブが言っている。

でも、今って音楽ダウンロード云々の問題をはじめ、
ユーザー側ではなくて、それを商売にしている側の視点
からでしか語られていないことが
結構多いかなと思うんですよね。

音楽という音楽作品が盗作などされずに、
アーティストのものとしてちゃんとユーザーに届くことが前提で
そこでユーザーがどれだけだくさんの音楽に簡単に触れることが
できるようになるか、
というのがもともとの大きな考えだったと思うのです。

iPoneやiPADもそうですけれども、
モバイル形態にすることで、これらはPC端末よりもさらに
簡単に使いやすくなったわけですけれども、

これらもまたマッキントッシュ時代の
“Power to the People(権力を人々に)”という考えのもとに
端を発したものだと言えます。

けれども、昨今の状況を見ていると
“自由”とは程遠い“息苦しい”状況になっているような。

なんだか、スティーブの言っていることとは
逆行した現象が起きているな
と感じます。

ティーブが生きていたら、この現状を何と言うだろうか。。。

とか思いつつ。

もう少し生きて、この世界を見ていてほしかったな
と思います。


でも、なんとなくですが、

ティーブの考えた概念の種は
これからきっとあちこちで芽吹くような
そんな気がするのです。


今は冬だけど

たぶん、世界は
また
さらに変わってゆく。

そういう予感が
少しずつ
確信に変わっている今日この頃です。

今日は、こんなお話でした。

とりあえず、
みんな
体に気をつけてがんばろうぜー(笑)


では、今宵はこのあたりで。

お。
今、23時 59分だ!(*′σ∀`)p

てか
今0時になった!!


ではでは、
おやすぬー(*・ω・)ノ*・ω・)ノ*・ω・)ノ ♪