死神も林檎しか食べない。

教えてあげようか。

私が高校生の頃
毎日何かしらのテストが学校であったから

いつも行きのバスとかでは
英単語の本とか
構文の本とか
古典単語の本とかを
切羽詰まった感じで
見てた。

朝から
スマホ見たり
その他諸々

くだらないゲームという名の
嫌がらせしてる時点で

高校生だったときの私にも
負けてるんだよ。


そんなんで
よく目の前に出てこれるね。

ほんと
自分達の能力もわからないやつが
一番ウザい。

少しは
「恥ずかしい」という
高級な感情を
覚えたらどうだろうか。

君たちから学ぶものは
何もないよ。

いい加減
理解してほしいわ
(^-^)

あと
ずっと軽蔑してることも
気づいてほしいの。

まぁ
嫌がらせでやってるから
やめないんだろうけど(笑)
匿名の高校生なら
許されるとか
思ってるの?(笑)

どうかなー。


これから
見るなら
じっくり見てて(笑)

たぶんとても
勉強になると思うよ。

まぁ
理解できる脳みそがあれば
の話だけど。


昨日さ
「二ツ星のレストラン」を見たよ。

面白かった。

前に
「W座からの招待状」のやつを
録画しといたんだけど。

映画見たあとに
この面白さを
誰かとわかちあいたいと思って

つい
エピローグトークまで
見てしまうのよね(笑)

そして
いつも激しく後悔する(笑)


昨日も思ったけど
人間って
同じものを見ても

こうも違う考え方をするんだな

改めて驚きました。


小山薫堂さんによると
あの映画は
「チームワーク」の映画らしく(笑)

あー
なるほど
天才が成立するには
多くの人の協力が必要というわけですね(笑)

なんというか。

昨日さ
あとノンフィクションWで録画しといた
ガンエフェクトのプロの
納富さんという人を追ったドキュメンタリーを見たんだけど

こちらもおもしろかったわ。

納富さんは主に映画で
銃器が使われる際の拳銃とかそれに付随する
効果的な演出を作り出すプロなんですけど

ガンエフェクトというのを
プロとして

つまり職業として成立させた
初めての人なんだろうと
思う。

その納富さんが言うことには

一番苦労したことは

映画作りの世界に
素人みたいな人が入ってきて
なんやかや言ってるという状況から
始めなければならなかったから
それが一番大変だった
と。

それでも納富さんが
ここまでやってきた想いの
大きなひとつに

映画の中のガンシーンに憧れて
誰よりも自分は
その世界が好きだし

誰よりもガンアクションを効果的に演出できる
という自負というのが
あると思う。


つまり
自分が自分として
存在するために
そこにいるわけで。

映画の世界に
映画を作っている人が
ひとりひとり
プロとして存在している。
そういうのを
安易にチームワークと
呼ぶのは
なんか
違う気がするんですよね。

誰かのためにやっている
というのは
要素としてあるかもしれないけれども
少なくとも自分が自分として存在するために

自分がこうありたい自分として
そこに存在するために

一人のプロとして
その世界にいるわけで。

だから
納富さんは言ってた。

仕事は
ミスなく終えたら
基本それでよくて

ミスなく終えるのが
当たり前。

でも
自分の中では
いろんな改善点が
毎回あるし
これからこうやりたいとか
いろんな想いがあるし
ちょっと変えていくだけでも大変なんだ
と。


それと
同じような想いが
私はプロの料理人の世界にも
あると思うし

だからこそ
その世界で
「天才」と呼ばれる人達もまた
強烈な「自我」を持っている
と思う。


そういう人を
見ているだけで

私は
とても楽しい。


世界が
その人達の手によって
変わっていく様を見るのが
とても楽しいからだ。


もし
「二ツ星の料理人」が
「チームワーク」の話なら
主人公のアダムが
パリで大きな失敗をしたあと
牡蠣をone million 殻を剥き続けたエピソードは

なぜあの映画に入れる必要が
あったのかな。


彼はさ
「自分の中で」
それが「みそぎ」みたいな
ものだったのだと思う。


牡蠣の殻を
一億個剥くことが
なぜ
「みそぎ」になったのか

それは
「彼がそう思ったから」です。

おそらく。


そして彼は
戻ってきた世界で

再び失敗をする。
(いや、したと思った。)


死のうとして
死にきれなかった彼が
向かった先は

「仲間」のところではなく
天敵のところ
だったんですよね。

私は
このシーンが
一番良かった。

要するに
人を信じられない彼が

一番信じることができたのは
彼と同じように料理というものに対して
努力を続けてきた人間。

彼の考え方を
一番近い形で理解できる人間が
その人物だと
彼は考えたのだと思う。

ライバルとなる人物は
アダムが戻ってきたあと
アダムが評価されて
自分の店をめちゃくちゃにしたが

アダムの料理の良いところを
節操なく取り入れ(笑)
復活した。


それが何よりも
最善の料理に一歩近づくための
正しい判断であると
考えたからだ。

そのライバルの彼が
アダムをこの世界のトップだと言ったら

おそらくそれは
アダムにとって
誰よりも正しい判断である

少なくとも
アダムはそう思ったに
違いない。


そういう人がいることは
とても大切だと思う。


だから
アダムは二回目の失敗(未遂)のあと

じゃあ
自分がちゃんと能力を発揮するには
どんなことが必要か。

そのことを
アダムは考えた。

素直になること

人を頼ってみること

一緒に働く仲間は
信じてみること

その他
諸々。

借金を精算すること。

馬鹿にしていた
グループ面談もやる。

チームワークのために
コミュニケーションを
とる。


一回目の失敗のあと
アダムは
クスリをやめた

お酒もやめた

職場の女の人と
3日で仲良く寝てしまうのも
やめた。


全ては
いい料理を作るため。


それが
とても
感動的でね。

そしておそらく
自分が
いろいろなことをやめたことで
彼にとってよいものが残って
別の新しい何かを手に入れた。


いい映画を見たなー

思った。


映画では
最後にまた
ミシュランの調査員と思われる二人組が現れる。

でも彼は
言う。


「いつもどおりやろう」
と。

つまり
誰に
どんな風に評価されるか

ということの基準が
彼のなかにきちんと確認されたんだろうと思う。

だから
きっと
彼はこれから
純粋に料理の世界で
新しい何かを
作り出していくんだろうな
と思った。



アダムという名前は

初めての人間の名前ですよね。

リンゴが
美味しそうで
食べてしまって

神の世界から
追放されてしまった
人間の名前です。



彼が作り出す世界の続きを
見たいと思いつつ
ここで
エンドロール。


そして
続きを見たいなと思わせる映画は

とても素敵な映画だと思う。

さて
会社に着きましたので
今日はこの辺りで。

私の方も
毎日いろいろありますが

頑張ってます。

今日も
元気に(*´∇`*)


ではでは
またね('ー')/~~


          2017/06/28/08:39